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ポルトガルの農家で生まれた私

 姉のエルミネットは不幸な生い立ちでしたが、私は幸せな家に生まれました。私たちの領地は広かったし、近くに家族や親戚がたくさんいたので、遊び相手にも喧嘩相手にも事欠きませんでした。

 私は2歳になるまで、ポルトガルの農家で育ちました。まだロバに乗って買い物に行くお婆さんを見かけることがあるくらい、とてものどかな田舎でした。

 ポルトガルにはフランスに働きに行って帰ってきた人が多いので、フランス語を話す人がたくさんいます。私の家でも時々フランス語が聞こえてきました。ある日、家に遊びに来たお客さんが庭で遊んでいた私を見て、「かわいい、きれいな女の子」とフランス語で繰り返しました。パリから来た夫婦でした。

 すると農家の人は、「ネコはたくさんいるので差し上げます」などと言いました。私はポルトガルの田舎で幸せでしたから、花の都パリに住むのだと言われても嬉しくもありませんでした。

 パリのお客さんたちが「飛行機で来たのでネコを連れて帰れない」と言ったので、それを聞いた私はほっとしました。でも、「大丈夫、大丈夫。パリまでお届けますよ」と農家のご主人が答えるのです。

 農家の誰かがフランスに旅行するという予定があったわけではありませんでした。後でママが言っていたのですが、本当に私がパリまで来るとは思ってもいなかったのだそうです。

 ところが、その1カ月くらい後には、私はパリにいたのです。
長距離トラックでパリへ

 農家の人が知り合いの長距離トラックの運転手さんに頼んで、彼が運転するトラックに私を乗せさせたのです。

 本当につらい旅でした。普通ならポルトガルからパリまでは2日くらいあれば良いのですが、私は2週間もかけて旅行しました。

 直接パリに行く運転手さんではなかったのです。途中でトラックを代えたりもしました。ガタゴトと揺れながらの旅行。時にはお家で休ませてもらったこともありましたが、目が回ってよく眠れませんでした。それにファーストフードの缶詰料理ばかり出され、新鮮なネズミも食べられませんでした。

 後で聞いたのですが、フランスにはブリジット・バルドーという女優さんがいて、過剰なまでの動物愛護運動をしていたのだそうです。彼女が私の身におこったことを知ったら、大変な騒ぎになったと思います。

 でもママとパパは何も知らなかったのです。ポルトガルの農家は、私が旅立ったことを知らせもしませんでした。ある日ママがインターフォンに答えると、ミーシャを連れてきたと言われたのです。ママは大喜びしながらも、そんな無茶な旅行をさせられたと聞いてあきれたり、私に同情したり…!

 今でもヴァカンスの休暇を過ごすためにカゴに入れられて乗り物に乗ると、あの時のことを思い出してパニックになります。本当につらい旅行でした…。
パリの生活に慣れるまで

 ミーシャというのは、私がポルトガルにいたときに付けられた名前です。

 初めのうちはホームシックで、ポルトガルに帰ることしか考えませんでした。ママもパパも優しくしてくれましたが、やはり故郷での楽しかった日々は忘れられなかったのです…。

 ベランダに出ても、野原も畑も牧場も見えません。空もポルトガルより小さいです。でも私たちの家は3方がベランダになっているので、とても長い距離の回廊になっています。そこを行ったり来たりしました。

 ベランダからは隣の家に入れることも、すぐに分かりました。さらに色々と道を探してみて、ついに地面があるところまで行くこともできました!

 でもママが探しに来てしまいました。バスチーユ広場の方に向かっていたので、革命を起こす気だったのではないかと疑われてしまったのだと思います。

 ママは私を叱りました。パリの道路には車がたくさん走っているので危ないこと。それに忙しい人が多いので、規制されている以上のスピードを出している人や、一方通行を守らない人もいるのだと言われました。

 それからも私は、隣のお家くらいにはよく遊びに行きました。時々姿を消してしまう私を心配して、ママはベランダの柵に透明の壁を取り付けさせることを思いつきました。

 フランスでは、歴史保存地区にある建物に対しての厳しい規則があります。私たちが住んでいる地区では、窓の枠や雨戸は白い色でなければいけないことになっています。それで私は、ママが壁を取り付ける許可を取れないと期待していたのですが、取り付け工事が始まったしまいました…。


 姉は臆病なくらいおっとりしていますが、田舎で奔放に育った私はママに色々と心配をかけました。

 ある日、ベランダにやって来たハトを捕まえたときもそうでした。

 ぐったりしたハトを見つけたママは、びっくりして獣医さんに電話しました。さすがパリです。獣医さんはすぐにやって来ました。手当てが終わってから請求された金額が大きいのでママは驚いたそうですが、それよりもママを慌てさせたのは、獣医さんがこう言って帰ろうとしたからでした。

「では、お大事に」

 ママは娘がハトを殺したという事態を避けたかっただけで、その後のことは何も考えていなかったのです。手当てをしてあげれば、ハトは飛び立っていくと思っていたのでしょう。ところが獣医さんは、ハトが全快するまで看護をしなければいけないと言うのです。

 ママは獣医さんに訴えました。ネコがいるのにハトを飼うわけにはいかない、ハトはうるさく鳴くので可愛いとも思わない…。

 獣医さんの方も、ハトを押し付けられても困るとがんばりました。でも結局、包帯を巻いたハトは獣医さんが連れて帰りました。何処に連れて行ったのかは分かりません。
パリジェンヌとなって

 姉はママのように生粋のパリジェンヌです。エレガントなので、初めから姉のようになりたいと憧れました。

 初めのうち、姉はどことなく冷たい態度で私にのぞんでいて、誘っても遊んでくれませんでした。それでも私は、パリの生活に慣れなければならないと思ったので、姉のすることをすべて真似して暮らしました。姉の方は、私が後を追ってばかりいるので迷惑そうな顔をしていましたが。

 数ヶ月たつと、姉も少しずつ私を妹として認めてくれるようになりました。アパルトマンでの生活の楽しみ方、してはいけないことも、たくさん教えてくれました。

 フランスには私のように外国の血筋をもつ生き物がたくさんいます。フランス人も、お爺さんお婆さんの代までさかのぼれば、4人に1人は外国人の血が流れているそうです。私のママもパパも、両親はヨーロッパにある他の国で生まれたのだそうです。

 今ではすっかりパリの生活に慣れました。もうポルトガルに帰ろうとは思っていません。

早春の公園(パリ)
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